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広瀬栄一コレクション拓本1-85●昭和期 宇都宮市 正和元年(1312)清巖寺鉄塔婆拓本 封筒付 栃木県宇都宮市 240618 古文書 古文書鐵材

広瀬栄一コレクション拓本1-85●昭和期 宇都宮市 正和元年(1312)清巖寺鉄塔婆拓本 封筒付 栃木県宇都宮市 240618 古文書 古文書鐵材

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卖方资料

雅虎卖家:大桐木蓮満開
卖家评价:4203(好评率:100%)
店铺类型:个人卖家
发货地址:埼玉県

埼玉県 到 大阪 的运费参考

三边和(厘米) 运费(RMB)
60 76.14
80 90.78
100 106.92
120 121.56
140 137.63
160 152.28

以上仅供参考,具体以卖家规定为标准

商品参数

  • 拍卖号: f1141023535
    提前结束: 有可能
  • 开始时间: 2026-06-15 09:43:59
    结束时间: 2026-06-22 21:43:38
  • 自动延长: 会
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この鉄塔婆は、鎌倉時代終わりころの1312(正和(しょうわ)元)年、宇都宮8代城主貞綱(さだつな)が、亡き母の13回忌(かいき)の供養(くよう)のために鋳造(ちゅうぞう)し奉納(ほうのう)したものである。 表面は梵字(ぼんじ)や阿弥陀三尊(あみださんぞん)、文字が浮き彫(ぼ)りになっている。 鉄製の塔婆(とうば)は全国的に類例がなく、大変貴重なものである。 江戸時代終わりころの1849(嘉永(かえい)2)年、暴風雨によって3つに折れたので、1911(明治44)年に修復した。その後、腐食(ふしょく)が進んだので、1996(平成8)年に保存処理を施(ほどこ)した。出典:宇都宮の歴史と文化財

清巌寺(せいがんじ)は、栃木県宇都宮市大通り五丁目にある浄土宗寺院。山号は芳宮山。本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。開基(創立者)は宇都宮頼綱、開山は旭蓮社儀翁。宇都宮貞綱が母の菩提を弔うために鋳造して奉納したと謂われる鉄塔婆が現存することで知られる。鉄塔婆は国の重要文化財に指定されている。
清巌寺の歴史は、鎌倉時代初期に宇都宮氏によって建立された寺院を、戦国時代に宇都宮氏の家臣であった清原姓芳賀氏が移築して寺号を清巌寺としたことにより始まるとされる。
宇都宮家当主・第5代宇都宮頼綱1205年元久2年)に幕府より謀反の嫌疑を受け、これを機に熊谷で隠居生活を送っていた当代の英傑・熊谷直実(熊谷蓮生入道)の勧めにより法然に帰依、1208年承元2年)に出家して実信房蓮生と号し念仏道に入った。頼綱は京に住んで証空にも師事し、幕府から罪が許された後の1215年建保3年)に市内・宿郷町に当寺の起源となった念仏堂を建立した。頼綱は京の浄土宗光明寺にも念仏堂を建立している(現在の京都市右京区常盤の西方寺といわれる)。
その後、戦国時代に入り、宇都宮宗家の譜代の重臣であり姻戚関係もあった芳賀高継が、主家への反骨が災いして自害した兄・芳賀高照の菩提を弔うため、宿郷町にあった念仏堂を1573年天正元年)に現在地に移築し、「芳賀氏」の「芳」を採って山号を「芳宮山」、「芳賀高照」の「高照」を採って院号を「高照院」、「清原氏」の「清」を採って「清巌寺」とした。
1601年慶長3年)、初代の関東郡代である伊奈忠次から寄進を受け、朱印地25石を塙田に有した。出典:ウィキペディア

ある先生からこの拓本は、足場を作って取られた大がかりな拓本なので道端の石仏等をとった拓本とは訳が違い、現存するのはこれだけではないかということでした。

広瀬栄一氏は、石岡市高浜にある酒造会社の元社長で考古学文学に造詣が深く文人との交流も数多くあります。
台東区根岸にある子規庵の戦後の再建をした寒川鼠骨との交流や再建を経済的に援助した人です。

拓本は広瀬氏が収集したものしかないと思われ大変貴重な史料です。
拓本が取れるという広瀬氏の人脈に驚嘆します。
拓本もまた文化財だと思います。

多くの方にご覧になって戴き貴重な資料がご研究のお役に立てればそして故郷に帰ることができれば大変嬉しいです。

写真にあるスケールは全長17㎝です。
サイズは38.6×308.8㎝です。
状態は経年によるシミヤケと破れがあります。
発送は追跡可能なクリックポストを予定しています。